フランスの洞窟レスキュー体制
フランス 洞窟救助委員会委員長 ジャン・クロード・フラション(翻訳:神谷夏実)
《Secours Speleologiques en France, par Jean-Claude FRACHON, p22ー24, SPELUNCA
No.41, 1991》
フランスでは,被災者の救助活動は,各市町村が行っており,ほとんどの自治体が,
交通事故,水難事故,火災に対処するために,消防隊(Sapeurs-pompiers)を組織してい
る。しかし,特定の災害に対しては,各自治体ごとでなく全国レベルで対処する必要が
ある。特殊な技術が必要な洞窟レスキューがそれにあたり、消防隊の任務外となってい
る。このため,フランス洞窟協会(FFS,以下協会)が,その設立から洞窟事故の救
援体制に取り組んでいる。
救助体制は1970以前は、状況に応じていくつかのカルスト地帯に救助隊が組織さ
れ,レスキュー,自治体と各スペレオクラブとの調整を行ってきた。1970年代に入
ってからは,ケイビング人口が増加し,事故も増えてきたので,体制の強化も必要にな
ってきた。
1977年に,協会は、県ごとの洞窟レスキュー体制の設置と活動の調整を行うため
に洞窟救助委員会(Speleo-secours francais)を設立した。1978年に は,協会と
内務省の交渉によって,相互補助体制に関する協約が結ばれた。これによって、ケイバ
ーは、国によって行政への協力者として認知された。またこの協約は1985年には、
地方化政策の効果を取り入れるために一部改正された。
以下は、洞窟救助委員会の概要である。
【洞窟救助委員会の位置付け】
洞窟救助委員会は,協会の全国レベルの救助委員会である。協会と同様に非営利団体
であり,スタッフもボランティアである。洞窟救助委員会の目的は、事故の予防,救助
隊員養成,洞窟レスキューの組織化であり,協会より年間予算を受けている。
洞窟救助委員会は、1978年の内務省との協約で,全国で唯一の洞窟レスキューに
対処する組織として承認されている。このため、協会の推薦により、全国技術委員(le
conseiller technique national)は内務省によって承認され、地方技術委員
(conseiller technique departemental)は各県知事によって任命されている。
国の代表は、洞窟救助委員会の運営上の権限を保持しているが、洞窟救助委員会は、
人と装備の手当、実際の救助活動において、独立して役割をはたしている。
【組織】
洞窟救助委員会の委員長は、協会の理事会(Le comite directeur)で選出される。 委
員長の下には、約12人の全国技術委員からなる理事会(La direction nationale)が組
織されている。地方レベルでは、協会の地方支部(la comite speleologique regional)
が地方連絡委員(le correspondant regional)を指名する。地方連絡委員は、中央と地
方の調整役となる。
実際の救助活動面では、カルスト地帯のある各県ごとに、地方技術委員をヘッドとす
る県救助隊が組織されている。地方技術委員の役割は以下のとおりである。
- 洞窟救助委員会(中央)との調整
- 地域的危険性の調査・分析
- 県救助隊の定期的な訓練と実際の救助活動の指揮
- 地方自治体との連絡調整
- 財政・装備管理
現在、60の県救助隊が、約180人の地方技術委員とそのアシスタントによって運
営されている。実際の活動は約2000人の上級のケイバーによって行われている。同
時に、約100人の火薬専門家、約150人の洞窟ダイバー、約100人の医師、約1
5人のポンプ技師などの専門家も加わっている。これらのスタッフのリストは、活動年
報として常に保管され技術委員がいつでも使えるようになっている。
さらに、洞窟救助委員会は養成セッションを定期的に開催し、技術委員養成、救助管
理、特別技術(潜水、爆破、医療、高山)などの研修を行っている。こうした研修は、
協会が実施する他の委員会(洞窟学校、医療委員会、潜水委員会など)によって、保証
されている。また、洞窟救助委員会は技術委員マニュアル(Manuel du Conseiller
Technique)を編集し,委員会の活動を支援している。
また、救助作業が長期化する場合、全国技術委員は、必要な協力者を参加させること
ができる。
【救助活動】
1977年の設立以来の13年間で、洞窟救助委員会は、471件の救助に参加し、
そのうちの89%について活動状況が調査された。調査結果には、全被救助者の91%
に当たるは949人が含まれている。この結果、年平均の救助件数は36件、被救助者
数は73人であった。またこの数字は年々増加しており、89年は63件、141人と
なった。
洞窟救助委員会は、他の救助参加者(消防隊、警察など)に対して優先的に活動した
。つまり、全体の47%は洞窟救助委員会単独で、42%が自治体、外国人ケイバーと
の協力によって救助を行った。
【技術開発】
洞窟救助委員会は、救助のための技術、装備の開発も行っている。
・医療
協会の医療委員会との協力で、救助活動中のシステマティックな看護によって被災者
を迅速に”快適な状態”に置くことを目標としている。特に問題になっていることは、
体温低下から来る疲労の克服のための体温維持方法の開発である。また、防水コンテナ
ーの開発も行っている。
・障害物除去
火薬専門家は、被災者のすぐ近くで,数gの火薬による微量装薬技術を使う。充電式
のさく岩機も一般的に使われる。サイホンのような水中で作業を行うこともある。した
がって、洞窟の拡大は、どんなに深所でも、どんな状態でも行うことができると考えて
よい。しかし、爆破の後ガスには注意を要する。実験によって得られた安全基準が決め
られている。
・潜水
水中での爆破技術の開発以外に、サイホンにおけるの被災者搬送技術の開発が行われ
ている。1977年にネオプレーン製の防水サックが開発され、10年後に改良された
。また、Azerotteという硬質の運搬器も開発された。これによって被災者は、
hyperbarie(超閉塞状態?)からは解放されたが、容器が大きいことが問題
になっている。
・救助管理
管理マニュアルを作り、研修で教育用に使っている。これによって、長期にわたる救
助活動も、豊富な人材、装備を合理的に使って行うことができる。この管理方法は、ユ
ニークなもので、ケイビング以外の救助組織によっても使われている。
・その他
洞内における有線、無線による通信方法も研究されているが、まだ満足のいく方法は
ない。しかし、Arvaと呼ばれる、ラジオビーコンを洞口から配置する方法がよい成
績を収めた。これはもともと雪崩にまきこまれた人を探すためのものであるが、コスト
も安く効率がよい。
その他、自動ウインチ、滑車などによる被災者の巻上げ方法の開発も計画されている
。
【結論】
以上のように、洞窟救助委員会は、 大規模に効果的に活動しており、それはフラン
ス内外のケイバーの信頼を集めている。国外からの出動要請も以下のものがある。
- 1984年、スペイン:フランス人ダイバーがサイホンで行方不明。
- 1985年、スペイン:スイス人ケイバーが縦穴で重傷。
- 1987年、ポーランド:ユーゴスラビア人ダイバーがサイホンで行方不明。
- 1988年、モロッコ:増水で9人が孤立。
- 1990年、スペイン:フランス人ダイバーが海蝕洞で行方不明。
以上のように洞窟救助委員会の活動を考えてくると,いくつかの問題点も浮き彫りに
なってくる。特に問題となっていることは、サイホンの奥でのレスキュー活動である。
それは医療関係者で、潜水のできる人が少ないことによる。この分野では国際協力が必
要だろう。
ケイブダイバーの中には、サイホンの中を何kmも進むことがあるが、そこで事故が
起きても、現状では、迅速に救助を行うことは不可能である。
救助の増加にともなって、期間、技術にかかるコストも増えていく。洞窟救助委員会
の予算は、それ自信の運営資金のみであり、スタッフはボランティアである。さらに、
行政サイドは、救助者に対する支払の負担を負うことを渋る傾向にある。このような状
況で、救助費用の補填は協会の保険に頼ることが多くなっている。(救助費用には、交
通費、装備、給与補償などがある) これでは,協会のメンバー自信が、出費の大部分
を負担していることになるが,何と被救助者の60%が協会の非会員であるという事実
もある!
洞窟救助委員会は、どんな状況でも、出動要請をすることができる公共的な機関であ
ると考えることもできるが、それはスタッフがボランティアであることを忘れている。
さらに、このような身近な存在になっていることは相互扶助、協力精神を減退させるこ
とになる。多くの場合,被救助者の仲間自身による自己救助が可能であり,外部の組織
ばかりに頼ることを避けることができる。さらに重要なことは、必要ならば洞窟救助委
員会が効率的に救助に参加できることを知っていながら、ケイバーは敢えて危険を犯す
こともある。たて穴やサイホンでの事故において、犠牲者の仲間が救助要請を行っただ
けで,犠牲者のところに戻らないこともたびたびあった。スペレオセクール自身が、そ
の成功の犠牲者であるかもしれない。
洞窟救助委員会が、救助体制と装備の改良を行うと同時に、事故の予防と事故発生時
の適切な対処していくことが重要である。それが,洞窟救助委員会がフランス洞窟学校
との関係を保ちながら、優先している目標である。
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