ケイビング・洞窟調査を行うにあたっての倫理規定・行動規則

第1版

2014年7月14日発行

日本洞窟学会

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はじめに

このガイドラインは、ケイビング(洞窟探検)や洞窟調査を行うにあたって、洞窟の社会的・自然的環境保全と安全な活動を目的として日本洞窟学会が設定したものです。本ガイドラインは地域の特性にとらわれず普遍的な内容からなるため、各洞窟が存在する地域においては内容が不足していたり、不要な項目が含まれたりする場合があります。したがって、実際には地域の地形や状況、洞窟の特徴や、交通などインフラの状況、近隣に存在するケイビングクラブや、博物館、自治体等関係機関の状況に応じて改変する必要があります。日本洞窟学会会員はこのガイドラインを遵守するとともに、安全な洞窟学・ケイビングの普及に努めることが望まれます。

ケイビングを行う際の安全確保(自己責任)について

ケイビングは、人類が古くから行ってきた自然界を探求する活動の1つです。洞窟を探り、調べるケイビングは、人類がかつて知り得なかった、未知の世界に足を踏み込むため、危険を伴います。洞窟は特殊な環境であるため、事故が発生した場合、当事者や関係者のみならず、多くの人に多大な迷惑と負担を強いることにもなります。

ケイビングを安全に楽しく行うためには、危険を察知し、回避し、安全を確保する必要があります。安全の確保には、洞窟に関する豊富な知識と、ケイビングにおける豊かな経験と卓越した技術が必要です。ケイビング活動は自己責任により行われます。日頃から洞窟に関する知識を学び、経験を積み、技術を磨き安全の確保に努めてください。

また多くの事故はケイビングにおけるルールやマナーを守らないため発生しています。ルールとマナーを守ることで、洞窟事故のリスクを最小限におさえることができます。ケイビングを計画、実施する際、今一度、ルールやマナーを確認してください。

マナーについて(ケイビングを行う際の注意点)

ケイビングを行う際には、いくつかの守るべきマナーがあります。これらのマナーを守らないと、いずれ洞窟が破壊されてしまったり、 あるいは入洞が禁止されたりすることがあるので、極めて重要な事項です。

洞窟外での諸注意
1. 地権者の許可や届けの必要な場所では必要な手続きを行う

  • 基本的に洞窟は地権者(国や自治体も含む)の所有地内にあることがほとんどです。そして、そのうち多くの洞窟はなんらかの管理が行われています。管理の内容は地域によって異なりますが、基本的には地権者の許可、同意を得ることが必要です。実際には地権者より管理を委託されている自治体や関係者への届けと計画書の事前提出を要求されることが多くあります。地域によっては入洞許可証の交付を受ける必要がある場合もあります。計画書には最低限下記の内容を盛り込むこと。

    • 1 代表者の氏名、年齢、性別、住所、電話番号、緊急連絡先電話番号
    • 2 参加者全員の氏名、年齢、性別、住所、電話番号、緊急連絡先電話番号
    • 3 待機連絡者(在郷連絡人等)の氏名、電話番号
    • 4 行動計画(洞窟名、入洞日、入洞予定時間、出洞予定時間、装備など)
    • 5 緊急時の連絡の手順、手段など(地域の病院など関係連絡先電話もあると良い)
  • 入洞する洞窟が、どのように管理されているかを事前に調べてください。
  • 洞口付近に入洞に関しての注意や連絡先などについての看板がある洞窟もありますが、基本的には洞窟のある地域のケイビングクラブ、無い場合には洞窟のある自治体に問い合わせてみること。
  • 私有地の洞窟については、分かる範囲で事前に地権者の許可を得ること。洞窟に至るまでの経路も私有地を通ることがあります。
  • 地域によっては消防や警察に入洞する旨の届けをしなければならない洞窟もあります。
  • 入洞するにあたり、洞口にゲートがあり鍵を借りなければならない洞窟もあります。
  • 洞窟に入らせてもらっているという謙虚な気持ちを忘れないでください。地主と思われる方に出会った場合は土地の持ち主の名前を尋ねて許可を得ましょう。地元の人とのトラブルを起こした結果、入洞できなくなった洞窟もあります。

2. 近隣住民や観光客への配慮を徹底し、迷惑をかけない

  • 車を私有地、もしくは私有地に続く農道・林道等に駐車する場合は、その私有地あるいは農道の地主の方への挨拶を徹底すること。
  • 路上近辺での着替えの際、通行の邪魔になったり、裸を見られたりしないよう配慮すること。
  • 洞口までの経路に牧場や農地を含む場合、畑内を歩かないなど十分な配慮をすること。
  • 観光客などとすれ違う際には道を譲り、汚れた手で手摺などを触らないこと。
  • 装備洗いをする際は、近隣でその水を使用していないか確認し、迷惑のかからないような適切な場所で洗うようにすること。

3. 現地のルールを遵守し、行き過ぎた飲酒や常識を欠いた行動をしない

      
  • 撤収時には清掃を行い、ゴミ等を残さないこと。   
  • キャンプ場では炊事場を清潔に使用し独占使用しないこと   
  • 公民館等では、備品の使用に十分注意すること   
  • 旅館等では、泥のついた装備の持ち込みに注意すること   
  • つなぎなどの衣服を乾燥させる場合は人目に付きにくい場所に干すこと

4. 洞窟内での諸注意

  • 1.洞窟内には何も残さず、持ち込んだものは全て回収する
    • 洞窟内は微生物に乏しい環境であるので、排泄物やゴミなどの分解速度は地表に比べ著しく低いことに留意してください。洞窟内に残されたゴミは数十年たっても原形を留めていることがあります。小水に関しては水源としての利用に留意した上で、水流に流しても構いませんが、乾燥した洞窟では必ず持ち帰ってください。なお、洞窟内の水は外を流れる川と大差なく、コウモリの糞などが混入していることがあるので飲用に適さない場合があります。
    • 洞窟内に残されている代表的なゴミは、道に迷わないようにと引かれたスズランテープや、分岐に残されたカードやプレート、電池、食料品の包装紙、あき缶、軍手などです。
    • 洞窟内の微生物環境を損なう恐れがあるので、他の地域で使用し、泥等で汚れた装備を使用しなこと。
  • 2.洞窟内生物に対し細心の注意をおこなう
    • 洞窟内にはコウモリや体長数ミリの甲虫類などが生息しているのでこれらに対する配慮が必要です。もともと微妙なバランスの元で生態系を保っているので、洞窟内での排泄行為や食料の取り扱いには注意する必要があります。
    • コウモリの繁殖期である春-初夏には非常に神経質になっており、人の入洞により繁殖放棄や幼獣の落下死などの影響があるため、コウモリ繁殖洞窟への入洞はしないでください(コウモリ調査を除く)。また冬眠時期に起こされると、春まで体力が持たずに死んでしまうことがあるので、冬場はコウモリへの接近を避けること。
  • 3.洞窟内から物を持ち出さない
    • 洞窟内から鍾乳石・化石・岩石・堆積物・遺物・生物などなどを持ち出してはいけません。鍾乳石は数百年-数万年の期間を掛けて生成されるものであるので、一度破壊されれば簡単に元に戻ることはありません。コウモリは鳥獣保護法によって捕獲を禁じられています。ただし、学術研究目的での持ち出しを行う場合は地権者、教育委員会等の許可を受けること。
    • 洞窟外から流れ込んだり、持ち込まれたことが明らかなゴミや忘れ物は持ち出してもかまいません。特にゴミについては持ち出すようにすること。
  • 4.洞窟にダメージを与えにくい装備を使用し、与える影響を可能な限り減らす
    • 鋲靴(スパイクのついた靴や長靴)を使用しないこと。
    • カーバイドランプの使用にあたっては、使用済みカーバイドの取り扱いと、発生する煤が壁や天井に付着しないよう十分注意すること。
    • 広い通路ではできるだけ一列になって、既存の足跡の上を移動し、足跡を最小限度にするよう行動すること。
    • 標識などで通行ルートが設定されている洞窟については、ルート外を歩かないようにすること。
    • 立ち入り禁止エリアが設定されている場合には、中に立ち入らないこと。
    • 洞壁を傷つける落書きや入洞記念の書き込みなどは絶対にしないこと。
    • 出口までのルートを確認するためにスプレーペンキを使用したり、洞壁に傷をつけたり、スズランテープを利用したりしてマーキングをしないこと。マーキングがどうしても必要な場合は石のケルンを積んだり、粘土などの堆積物に目印をつけたりしてください。
    • きれいな二次生成物(鍾乳石)には安易に近寄ったり、汚れた手で触れたりしないこと。特に白い鍾乳石は汚れが目立つので十分に注意すること。
    • 薄いリムストーン(畦石)の畦は壊れやすいため乗らないこと。
    • できるだけ鍾乳石の上は歩かないでください。特に白いところは避けること。避けられない場合は靴を脱いで歩くこと。
    • 砂や粘土の堆積物はむやみに壊したり足跡をつけたりせず、できるだけ自然な状態に保つようにすること。
    • 土器や骨などの遺物を安易に触ったり、動かしたりしないこと。重要なものと判断できる場合は出洞後に教育委員会や地域の博物館などに連絡して指示を受けてください。

ケイビングを安全に行うためのルール(洞窟安全規則)

ケイビングを安全に行うために、日本洞窟学会では以下のようなルールを設定しています。多くの事故はこれらのルールを守らないために発生しています。
洞窟で発生する危険は、少しの注意と知識で避けることができるものがほとんどです。特に未経験者・初心者だけのパーティの場合、守らなければならない事柄を軽視、あるいは知らないまま洞窟に入ってしまい事故につながることがあります。また経験者でも自らの力を過信し、安全対策をおろそかにすることによって事故や怪我につながることがあります。いかなる場合においても、安全対策などを軽視、無視、手抜きをしないでください。
なお初心者、経験者といった区分の境界には明確な基準はありません。しかしながら、経験者として人を率いるには、適切な座学講習を受け、少なくとも数年以上の期間や数十回以上に及ぶケイビングの経験が必要です。さもなければ、初心者を安全に洞窟に連れて行くことは難しいと思われます。

  • 1.経験豊富な人物をパーティ(班)に含め、能力の範囲内で行動する
    • 初心者だけのパーティは総延長100mに満たないような小規模で特別な装備の必要のない洞窟での活動に限ってください。あるいは地元ケイビングガイドのアドバイスを受けるかケイビングツアーなどを利用すること。
    • リーダー以外がケイビング未経験者もしくはそれに準じる班員のみで構成される場合は特に注意が必要で、初心者のみで行動可能な範囲でのケイビングに限定すること。リーダーが負傷して行動不能になった場合、危機に陥ります。
  • 2.リーダーは入洞前に、洞外の信頼のおける人物に対して自分たちの予定ルートと出洞予定時刻を伝える
    • 出洞予定時刻を越えても連絡がない場合、事前に決めた規定に従い行動すること。
  • 3.洞窟に入る前に事前調査を行う
    • 入洞する洞窟に詳しい人のアドバイスを受けること。
    • 過去の入洞記録を参照するなどして、洞窟に入る時間よりも出る時間を長くするような計画を行い、時間に余裕を持った活動をすること。
    • 測量図等がある場合は入手に努め、コンパスと共に携行すること。
  • 4.洞窟の中で単独行動をする場合は十分注意する
    • 他の人と声の届く範囲で行動すること。
    • 行き先を告げずに単独行動を行い、事故等で行動不能になると行方不明になります。
  • 5.適切な装備を用意して入洞する
    • 予定入洞時間よりも長く持つ信頼できるヘッドランプをパーティの全員が持つこと。
    • 洞窟の気温に合わせた快適な衣服(綿素材は避けてください)、靴、ヘルメットはパーティの全員に必要です。日本の洞窟は気温3℃~22℃ぐらいの幅があり、水に濡れるなどした場合は低体温(ハイポサーミア)の危険に晒されることがあります。
    • 予備のライト、非常食、ファーストエイドキット(応急手当用品)、エマージェンシーブランケット等を常に各人が携帯すること。10℃台前半より低い気温の洞窟では待機の際に追加の防寒具が必要です。
    • クライミングやケイビング用具を使用する際には、取り扱い説明書の指示に従った使用をすること。また経年劣化に対する注意もすること。
  • 6.危険を避け、ふざけたりせず、緊張を保ちながら安全な行動を心がける
    • 簡単なチムニーやクライミングで昇降できる場所でも、確保無しで滑落すれば重大な事故につながると判断される場所であれば、必要な安全対策(ロープで確保など)を講じること。
    • 洞窟内で怪我をすることは簡単ですが、洞窟内で救助活動を行うことは難しいことを理解し、常に注意して行動すること。 地元消防等が洞窟救助に適切に対応できない場合もあります。
  • 7.事故の際に、救援活動者にかかる費用の支払いが可能な保険等に加入する
    • 洞窟事故の際の救助には100万円以上の費用負担が負傷者に掛かる場合があります.ケイビングでの事故の際の救援者費用の支払いが可能な保険または共済などへの加入を強くお勧めします。
    • 特に消防・警察のみで救助ができない場合は多額な費用になることがあります。
    • その救助費用には救助にあたった救助者(ケイバー)の交通費・宿泊費・食費や装備損料などがあり、遠隔地や竪穴ほど費用がかかります。
  • 8.天気予報に注意し、洞窟内外の危険に関する情報を事前に収集する
    • 浮き石の存在、壁面に残る水面の跡など事故の原因となりえる事象を見逃さないこと。
    • 大雨注意報、警報等が出ている時、発令が予想される場合や解除直後の入洞は控えるようにすること。
    • 洞窟内では降雨等によって急速に増水し、数日から数か月間水が引かないこともあります。
  • 9.その他、特定条件における活動の際の諸注意
    • 水流やプールなどがある場合
      • これまでフリーダイブ(水くぐり)されたことのない水中通路では、その水中部分の長さやエアーポケットがあるかなどの条件を疑い、無理な水くぐりをしないこと。
      • 急な流れのある場所、深いプールでは十分に注意しライフジャケット等の浮力体を使用するなどの対策を行うこと。低体温症の可能性も高めるので、できれば入水を避けるべきです。流されたり、沈んでしまったりした場合は捜索が著しく困難であることを忘れないでください。
    • ワイヤー梯子(ラダー)を使う場合
      • ロープ、ワイヤー梯子やボルトアンカーなどが正しく取り付けられているか?良い状態であるかを各自が常に確認すること。
      • ワイヤー梯子を使う際には必ずライフライン(命綱)を使用してください。このライフラインはパーティの中の経験があり、信頼できるメンバーによってのみ扱われ操作されるべきです。
      • あなたの命は、ライフライン(命綱)で確保している人の手の中にあることを忘れないこと。
      • ライフラインは確保用の登山器具によって操作してください。十分に訓練されていない人によるボディビレーは不確実です。
      • ライフライン(命綱)を自己確保で登る場合は事前に十分な訓練を実施すること。
    • SRT(シングル・ロープ・テクニック)を使う場合
      • ロープ、ボルトアンカーなどが正しく取り付けられているか、良い状態であるかを各自が常に確認すること。
      • SRTを使うのは、SRTを行う状況で考えられる全ての状況での適切なトレーニングを地表で行った後だけにすること。
      • SRTを使ってロープの上にいる間は誰の助けも、チェックも得られず、全ての事態に自分自身で対処しなければならないことを理解すること。
    • 洞窟潜水(ケイブダイビング)を行う場合
      • 経験豊かなケイブダイバーによる多岐にわたるトレーニングなしに洞窟潜水を試みてはなりません。
      • 洞窟潜水は世界でもっとも危険な活動であることを忘れないこと。僅かな装備の障害や僅かな時間のパニックでもあなたが二度と地上に戻れなくなる原因となります。
      • 水中視界はしばしばゼロとなります。海などのオープンウォーターでの潜水とは全く異なることを理解すること。
      • 海外で、多くのオープンウォーターインストラクターが洞窟潜水を試みて亡くなっていることを忘れないこと。
      • 泉での潜水と洞窟の途中にあるサンプでの潜水は大きく異なることを理解してください。また淡水と海水との差も考慮すること。
    • 洞窟へのアプローチに問題がある場合
      • 車などから長時間、山の中を歩くような場合は、山中で迷子にならないよう適切な措置を取ること。
      • 崖の脇の道や滑りやすい斜面を通る場合は転落防止を行うこと。
      • 天候の急変に留意すること。落雷の危険や増水によって渡渉できなくことがあります。
      • 厳寒期・積雪期には洞窟外で行動するための着替えや防寒具の用意、また雪崩やホワイトアウトなどにも注意すること。
  • 事故発生時についての注意
    • 事故が発生した際、負傷者が過酷な環境にある時は直ちに移動させてください。
    • 負傷者が自力で動けない場合は、待機者を残して、残りの複数の人員で洞窟外に助けを求めてください。負傷者がいる場合は消防、行方不明者がいる場合は警察が基本ですが、現場の状況に応じて選択してください。また、地域のケイビングクラブにも連絡してください。助けを得られる場合があります。
    • 事故終息後に管理者、地域のケイビングクラブ等に事故の報告を行ってください。
      • 事故の大小に関わらず報告することが望ましい。大事故を事前に防止するのに役立ちます。
付則

 この規定・規則は2014年9月6日から発効する。


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