ケイビングの基礎
後藤 聡著
Ver1.2(99/10/26)
洞窟環境
多くの洞窟は、人間にとって快適な環境ではない。洞口付近を除いては、常に真の暗闇であるし、
洞窟の中は湿度が非常に高く、そして一般的に寒い。
気温や水温は地域によって異なる。気温はほぼ洞窟のある場所の年平均気温に近い値となる。
ただし、豪雪地帯であるとか火山性の高い地温がある場合はこの限りではない。
地域による傾向としては、南西諸島で20-22℃、九州以北では10-16℃、東北以北では10℃未満であろう。
また特に標高が高い位置にある場合には、そのことも考慮する必要がある。
水温についても、ほぼ気温と同様の傾向を示すが、積雪地帯においてはより一層冷たい水温となる。
東北ではなどでは4℃程度の水温が見られることもある。
天候の変化に対する注意も必要である。
特に水流や滝のある洞窟では厳重な注意が必要だ。
洞窟内では、降水後数時間で水嵩が急速に増し、降水前の状態に戻るのに数日かかることもある。
特に、激しい雷雨や台風など地表で洪水に対する警戒が必要な場合の入洞は危険である。
通常時は膝までの水量であっても、大雨が降ると水位が1m以上上昇することがある。
こうなっては洞窟から脱出することが不可能になり閉じ込められるだけでなく、
生命の危険も生じる可能性もある。洞窟の通路には、過去の洪水の跡が残っていることがあるので、
注意すべきだ。
また、いくつかの洞窟では水が無く通れた通路が、たった1日の雨でサイフォンとなり、
数ヶ月間水に閉ざされてしまう場所がある。こうした洞窟では、
過去数ヶ月に降った雨の量も考えなければならない。このような場所は、
既知である場合が多いので、あらかじめの情報収集が重要となる。
他に洞窟内の不快な環境としては、深いプール、滑りやすい泥の斜面、鋭い小石が散らばっている洞床、
湿った通路を這って進まなければならない場所、また、巨大な落盤のすき間などがある。
こうした環境から身を守るために、相応の装備が必要である。物理的摩擦などから体を保護する衣類、
靴、ヘルメット、そして行動するためのライトである。
またケイビングをおこなうには、十分なエネルギーが必要である。
上記の装備に加え食料も明かりと服を着ることと同じように、ケイビングでは重要である。
いかなるケイバーも、とても経験が豊かで優れたケイバーでさえも、
洞窟の自然環境により、潜在的に致命的な事故を起こす可能性がある。
ケイバーは、緊急事態でどのように対処するかの知識が必要で、
そして、怪我にたいするファーストエイドキットや、洞窟から脱出できない時のためのサバイバル用の装備を常に携帯すべきである。
通常はこの両者をまとめてエマージェンシーキットと呼ぶ。
ここでは、それらについて説明する。この項目で示される基本は、
全ての洞窟探検で、全てのケイバーに適応可能である。
また、合わせてケイビングをおこなう際のマナーと、基本的な安全規則についても説明する。
なお、ここで説明する事柄は日本でケイビングを行う事を前提としているので、
海外でのケイビングとは異なるかもしれない。
また同様に日本でケイビングをする、他のアプローチもある。
これは各ケイビンググループの方針にもよるので、
所属する団体によっていくらか異なる方法を取っているだろう。
その違いが生じる理由はケイビングを行う地域の気温などの特性や、
洞窟の性質、クラブのメンバー構成、歴史による理由が大きいと思われる。
いずれにせよ、あまりに相反する方法ではないのは確かであるので、
自らの行うケイビングに応じて、適時対応させれば良い。
ケイビングを安全に行うためにはいくらかの、ルールがあります。
多くの事故はこれらのルールを守らないために発生しています。
その多くは、少しの注意と知識で避けることができるものが多いので、守るようにしてください。
特に初心者だけのパーティの場合、守らなければならない事柄を軽視、
あるいは知らないまま洞窟に入ってしまうことがあるので、ご注意ください。
初心者、経験者といった区別というのは、明確な基準もないし、
ダイビングにあるようなライセンスといった資格もケイビングについてはありません。しかしながら、
少なくとも数年間の経験がなければ、まったくの初心者を安全に洞窟に連れて行くことは難しいと思われます。
- 常に経験豊かなケイバーをパーティの中に含めよ。初心者だけのパーティは絶対に避けよ。
- 全員の能力の範囲内の場所で行動せよ
- リーダーはパーティの予定ルートと出洞予定時刻を誰か信頼できる人に伝えてから入洞せよ
- 入洞する洞窟に詳しい人のアドバイスを受けること
- 洞窟の中で単独行動してはならない。常に他の人と声の届く範囲で行動せよ。
- 予定入洞時間よりも長く持つ信頼できるヘッドランプをパーティの全員が持て。
- 快適な衣服、靴、ヘルメットはパーティの全員に必要である
- 予備のライト(二つ以上)、非常食、ファーストエイドキット(応急手当用品)を常に各人が携帯せよ
- 洞窟内で事故を起こす事は簡単である。洞窟内でレスキューを行う事は難しい。このことを理解し、常に注意して行動せよ
- 浮き石の存在、壁面に残る水面の跡など事故の原因となりえる事象を見逃すな
- 洞窟に入る時間よりも出る時間を長くするように計画せよ
- 特定の条件の場合
- 水流やプールなどがある場合
- これまでフリーダイブ(水くぐり)された事のない水中通路では、その水中部分の長さやエアーポケットがあるかなどの条件を疑え
- 急な流れのある場所、深いプールでは十分に注意し対策を行え。可能ならば入水を避けるべきである。流されたり、沈んでしまった場合は捜索は著しく困難であることを忘れるな
- ラダーを使う場合
- ロープ、ラダーやボルトアンカーなどが正しく取り付けられているか? 良い状態であるかを常に調べよ
- ラダーを使う際には必ずライフライン(命綱)を使用せよ。このライフラインはパーティの中の経験があり、信頼できるメンバーによってのみコントロールされるべきである
- あなたの命は、ライフラインをコントロールする人の手の中にあることを忘れるな
- ライフラインはメカニカルビレーデバイスによってコントロールしなさい。ボディビレーは不確実である。
- SRTを使う場合
- ロープ、ボルトアンカーなどが正しく取り付けられているか? 良い状態であるかを常に調べよ
- SRTテクニックを使うのは、SRTを行う状況で考えられる全ての状況での適切なトレーニングを地表で行った後だけにせよ
- SRTを使ってロープの上にいる間は誰の助けも、チェックも得られず、全ての事態に自分自身で対処しなければならない事を理解せよ
- ケイブダイビングを行う場合
- 経験豊かなケイブダイバーによる多岐にわたるトレーニングなしにケイブダイビングを試みてはならない
- ケイブダイビングは世界でもっとも危険なレクリエーションであることを忘れてはならない。僅かな装備の障害や僅かな時間のパニックでもあなたを殺す原因となる。
- 水中視界はしばしばゼロとなる。海などのオープンウォーターでのダイビングとは全く異なることを理解せよ
- 海外で、多くのオープンウォーターインストラクターが洞窟潜水を試みて死んでいる事を忘れるな
- 泉でのケイブダイビングと洞窟の途中にあるサンプでのケイブダイビングは大きく異なることを理解せよ。
また淡水と海水との差も考慮せよ。
最後に安全規則に関する重要な注意を述べます。
米国のNSSというケイビング組織が米国での洞窟事故の分析をおこなっている
「American caving accidents - 1990」という雑誌に興味深い一文があります。
普通の人あるいはケイバーは安全なケイビングの訓練を受けているのだろうか。
それに対する一つの答えはケイブダイビングコミュニティーの活動にある。
数年前NSSはケイブダイビングが極めて危険な活動であるとみなしNSS ケイブダイビングセクションを発足させた。
彼らは安全規則を作り上げ訓練とその結果を用いてさらに磨きをかけて来た。
この数年訓練を受けていない者、ケイブダイビングが特殊であると気づかないふつうのダイバー等が死亡事故を引き起こしている。
数年前私は発破技術についての講習を受けた。
そしてデュポン社の発破ハンドブックの中に興味深い一節を見つけたので引用する。
「 爆発物取扱者に選任される者は知性と常識に富みかつ爆発物取扱の訓練を受けていなければならない。
ごく一部の者は訓練の経験や自発的な爆破技術の取得の事実があっても、
絶対に安全で効果的な爆破は行えない。あるいは逆に無知や不注意、空威張り、
不適当な訓練経験などの人は安全な爆破より重大な事故を誘発させる。
不注意や無関心あるいは装備品の手入れをしない人は爆発物に近づけるべきではない。
知識や経験の欠如によって起きる事故は意外と少ない。
むしろ周囲の安全を確認せずにやってしまうという態度によって引き起こされるものがはるかに多いのである。」
これはごく一部の人間は絶対爆発物の取扱者にはなれないということを示す。
つまり感情のまま動く者、手抜きをする者、安全規則を無視する者。何回かはうまく行っても長続きはしない。
常に注意を怠らず全ての行動は計算ずくでやらなければならないケイブダイビングも、これとよくにた面をもっている。
このことは、充分に留意しなければならない。たとえば、ケイブダイビングではダブルタンクで潜るのが原則であるが、
器材が故障したからとシングルタンクで潜ってしまったり、
ライトが不調だからとライト一つで洞窟に入るというようなことである。
それ自体が、直ちに事故に繋がるわけではないが、事故になる確率は確実に高くなります。
しかも、こうした手抜きや、安全規則を無視する人自身は、そのことに気がつかず、自分だけは大丈夫と思っていることが多く、
周囲の人は十分に注意する必要があります。
特に、手抜きやミスが致死的な結果を招きやすい、
ケイブダイビングやバーティカルケイビングなどの活動はおこなわさせないほうが良いかもしれません。
ケイビングを行う際には、いくらか守るべきマナーがある。
これらのマナーを守らないと、いずれ洞窟が破壊されてしまったり、
あるいは入洞が禁止されたりすることがあるので、きわめて重要な事項である。
- 地権者の許可や届け必要な場所では、必ず許可や届をせよ。
- 基本的に洞窟は第三者(国や自治体も含む)の所有地内にあることがほとんどである。そして、そのうち多くの洞窟はなんらかの管理が行われている。管理の度合いは地域によってまちまちである。基本的には地権者の許可、同意を得ることが必要である。具体的には地権者、あるいは地権者より管理を委託されている者への計画書の提出することが必要で、地域によっては入洞許可証の交付を受ける必要がある場合もある。
- 地域によっては消防や警察に入洞する旨の届けをしなければならない洞窟がある。
- 実際に入洞するに当たり、洞口にゲートがあり鍵を借りなければならない洞窟もある。
- 入洞する洞窟が、どのような管理を受けているかを調べよ。洞口付近に入洞に関しての注意や連絡先などがある洞窟もあるが、一般的には洞窟のある自治体に問い合わせるのが基本である。
- 洞窟に入らせてもらっているという謙虚な気持ちを忘れるな。地元の人とのトラブルを起こした結果、入洞できなくなった洞窟もある。
- 洞窟内には何も残さず、持ち込んだものはすべて回収せよ。
- 洞窟内は微生物に乏しい環境であるので、排泄物やゴミなどの分解速度は地表に比べ著しく乏しいことに留意せよ。洞窟内に残されたゴミは数十年たっても原形を留めている事がある。
- 洞窟内に残されている代表的なゴミは、道に迷わないようにと引かれたすずらんテープや、分岐に残されたプレート、電池、食料品の包装紙、空缶、軍手などである。
- 洞窟内生物に対する配慮をせよ
- 洞窟内には体長数ミリの甲虫類やコウモリなどが生息しているのでこれらに対する配慮が必要である。もともと微妙なバランスの元で生態系を保っているので、洞窟内での排泄行為や食料の取り扱いには注意する必要がある。
- コウモリは冬眠時期に起こされると、春まで体力が持たずに死んでしまうと言われているので、冬場にはコウモリのいる洞窟を避なければならない。したがってコウモリを発見しても近寄ってはならない。同様に繁殖期である春−初夏にかけてもコウモリを刺激しないよう注意する事が必要だ。
- 洞窟内から物を持ち出してはならない。
- 洞窟内から鍾乳石などを持ち出してはならない。鍾乳石は数百年−数万年の期間を掛けて生成されるものであるので、一度破壊されれば元に戻ることは無い。コウモリは鳥獣保護法によって捕獲を禁じられている。ただし、学術目的での持ち出しは一部許容されていることがある。
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